宮城県石巻市小竹浜における東日本大震災からの復旧・復興の様子を紹介していきます。


by 鈴木勝彦

カテゴリ:■震災の記録( 7 )

東日本大震災の記録。
宮城県石巻市小竹浜における2011年8月~12月までの主な出来事をまとめました。
2011年3月11日~7月のまとめはこちら
※「」内はリンク。



【2011年8月まとめ】
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震災後、本格的な夏を迎え、石巻市小竹浜でも例年以上に暑い日が続いていました。
津波により家を失った方達は、クーラーのない避難所で共同生活をしていました。
そして震災から154日目の8月11日、やっと「仮設住宅に入居」ができるようになりました。
旧小竹小中学校跡地の校庭に建てられた仮設住宅の前では「セミが力強く鳴いて」いました。

震災により漁が再開されていないこともあり、震災前に比べると「カモメの数は少なくなりました」
波打ち際の漂流物は以前より減りましたが、津波被害が大きかった場所はまだ「瓦礫がそのまま残っていました」

浜のかき処理場がある岸壁は地盤沈下の影響で「満潮時には水面下」になっていました。
8月23日、津波により破壊された「小竹浜共同かき処理場が解体」されました。
小竹浜へのかき処理場再建の予定はなく、今後小竹浜産のかきを食べることは残念ながら難しくなりました。

8月24日、「バス停」と倉庫に使用していた「漁業協同組合の旧事務所も解体」されました。
浜に以前からあった建物がまたひとつ無くなりました。

今月、東日本大震災後、初めてのお盆を迎えました。
お互いの無事を再度確認しつつ、震災により亡くなった方々のご冥福を祈りました。

浜の家々では、家族・親類が夏休みを利用し帰省していました。
温かい笑い声が、静かな浜の家々から聞こえてきました。

「石巻百景」さんが小竹浜に取材にきてくれました。
小竹浜の記事:「風格ある小竹浜の家並みと、小さな港で遊ぶ女の子」(2011/8/29)

▽残ったままの瓦礫(動画):2011/8/16
瓦礫はまだ多く残っていました。


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by katsu_man | 2013-11-28 22:00 | ■震災の記録
東日本大震災の記録。
宮城県石巻市小竹浜における2011年3月11日~7月までの主な出来事をまとめました。
※「」内はリンク。



【2011年3月まとめ】
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2011年3月11日14時46分頃、宮城県牡鹿半島の東南東約130kmの三陸沖を震源に、国内観測史上最大のM9.0の地震が発生しました。
気象庁は14時49分に大津波警報を発令し、その後、石巻市小竹浜を「黒い津波」が襲いました。
海側の家屋や電信柱、漁船、漁業組合の建物、バス停、郵便ポスト、そして数々の思い出の品々が「津波により無残にも破壊」されました。
外は雪で、静かな日常は一変しました。
浜ではお一人、亡くなりました。

当時、小竹浜には52世帯に73人が暮らしていました。
地震発生後、浜の住人達は協力しあい高台の旧小竹小中学校跡地にあるコミュニティセンターと体育館に避難しました。
3月11日の夜は、非常食品保存食50人分の五目ごはん(炊込用)に熱湯を入れて、おにぎりにして皆で食べました。
高台に自宅がある人は一旦帰宅し、避難所には45人が泊まりました。

津波により浜のメイン道路は「瓦礫で塞がれ」、浜は孤立しました。
海辺にはどこからか「家が1軒そのまま流れ着いて」いました。
「海面にはものすごい量の瓦礫」が浮かんでいました。
電気・水道・電話は使用不可となりました。

震災から3日後の3月14日に、自衛隊員大和偵察隊がバイクで浜にきてくれました。
16日には自衛隊第6師団(福島県)より初めて支援物資(ごはん、水、毛布、パン)をいただきました。
17日には自衛隊の「ホバークラフト」が海からきて、医療チームの診察を受けることができました。
「8日間の記録」参照

浜の男衆は道路の瓦礫を片付け始めました。
大きな余震は断続的に発生し、不安な日々が続きました。

▽津波直前:2011/3/11
海水が引き、海底が露わになりました。この後、黒い津波が浜を襲いました。
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by katsu_man | 2013-07-30 12:00 | ■震災の記録
河北新報のネット記事に小竹浜が紹介されました。
震災当時から現在までの浜の様子、抱える問題、浜の誇りなどがとても丁寧に掲載されています。
ぜひご覧ください。

▼Cafe Vita - 河北新報
「震災3年目/余震の中で新聞を作る93〜小さき浜の誇り•石巻 その1」
青根交歓会、震災前からの備え、震災後の浜の様子と定置漁再開へ望む親戚の漁師の話など。
詳細はこちら

「震災3年目/余震の中で新聞を作る94〜小さき浜の誇り•石巻 その2」
浜の春祭り、獅子舞とたんぶつ唄、父と船、弁天島頂上に祭られた厳島神社と神輿、小竹浜盛衰記、浜の誇りなど。
詳細はこちら

 
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by katsu_man | 2013-06-06 12:20 | ■震災の記録

小竹浜の復旧情報

2011年3月11日に発生した東日本大震災。
宮城県石巻市小竹浜の主な復旧情報等を下記に記録します。
※2016/7/1更新

▼家屋被害
津波被害によりなくなった家屋:約30軒(空き家なども含む)

▼世帯数
2011年3月10日:52世帯
2012年3月1日:39世帯(うち、仮設住宅に住んでいる方は5世帯)

▼復旧情報(復旧順・〔 〕内は経過日数)
【ガス】
2011/3/11〔1日目〕
※プロパンです。
【携帯電話】
2011/4/6頃に復旧〔27日目〕
【電気】
2011/4/13夜に復旧〔34日目〕
※2011/5/16からテレビ(アナログ放送)を観ることができるようになりました。
※2011/9/16から地上デジタル放送を観ることができるようになりました。
【水道】
2011/5/25に復旧〔76日目〕
【電話】
2011/5/29に復旧〔80日目〕
※一部は2011/6/2に復旧

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by katsu_man | 2012-12-25 00:00 | ■震災の記録

震災後の小竹浜動画

ブログ内にて公開している宮城県石巻市小竹浜の震災後動画を掲載します。


▼2011/4/9
津波。瓦礫。思い出の品々。



「動画:浜の様子【2011/4/9】」参照

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by katsu_man | 2012-07-11 14:46 | ■震災の記録

グーグル写真

2011年3月11日14時46分頃に三陸沖を震源に国内観測史上最大のM9.0の地震が発生しました。
震災後の宮城県石巻市小竹浜グーグルマップ画像(航空写真)を掲載します。

▼2011年3月12日頃
地震と津波により、小竹浜においても大きな被害がありました。
桟橋や弁天島の防波堤あたりにも、瓦礫が数多く浮かんでいるのがわかります。
「小竹浜の海~津波直前【2011/3/11】」参照
「小竹浜~津波2波前【2011/3/11】」参照
「地震翌日【2011/3/12】」参照
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by katsu_man | 2012-06-20 20:00 | ■震災の記録

★8日間の記録

小竹浜の方が避難所にて、地震当日3/11から3/18までの「8日間の記録」をノートに書き綴られていました。
その一部を掲載させていただきます。



▼2011年3月11日(金)
・午後2時46分大地震発生する。その後大津波発生する。
・夜、非常食品保存食(50人分)五目ごはん炊込用に熱湯入れておにぎりにして食べる。むぎ茶と一緒に。
・避難所に来た人〔名前記載〕
・避難所に泊った人〔名前記載〕
・車の中〔名前記載〕
・午後2時46分M8.8国内最大の地震発生する。宮城震度7大津波発生、栗原、築館。震度6弱石巻、14時49分気象庁大津波警報発令。
小竹浜の海~津波直前【2011/3/11】参照

▼3月12日(土)
・朝、おにぎり48人
・昼、カップラーメン、カップ焼そば、パン
・○○ちゃん、○○さん、洞源院へ避難し1泊して歩いて帰って来る。
・○○ちゃん、○○さん、蛤浜の避難所1泊して山歩いて帰って来る。
・夜、おにぎり、みそ汁、他
・頭上を自衛隊のヘリコプターが飛んで行く。私達は校庭でマフラーを棒にくくりつけて何度も振ったが、ヘリコプターは他の方に飛んで行くばかり。ダンボールに字を大きく書いて見せたが見つけてもらえなかった。残念。
・避難所に泊った人〔名前記載〕
・車〔名前記載〕
「地震翌日【2011/3/12】」参照

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by katsu_man | 2011-05-23 22:10 | ■震災の記録